大樹寺 御朱印について

「厭離穢土 欣求浄圡」
(おん(えん)りえど ごんぐじょうど)

德川家康公19歳のとき、桶狭間の戦いにて、織田信長に当時主君であった今川義元が敗れ、自身の身の危険を感じ桶狭間から大樹寺に逃れて先祖の墓前にてわずかな生き残りの家臣とともに自害しょうとしたときに当時の13代住職登誉上人から「厭離穢土 欣求浄圡」の言葉を授かり自害を思いとどまったとされる。

この言葉の意味は「戦国乱世の穢れた世を崩い離れで浄土のような平和な時代を作るのがお前の役目である」と諭して平和な世の中作りに邁進した家康公が終生座右の銘とした言葉である。